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タブチ動物病院30年

お知らせ 2021.06.22

私が小学生のころ

集合住まいであり、動物を飼うことが許されない環境でありました。
今では考えられませんが、街中にはまだ放し飼いのわんちゃんが多い時代で今のように室内犬はほとんどおらず犬といえば番犬、綱で繋がれてワンワン鳴いていた時代で室内でわんちゃんを飼うことは贅沢の極みのような時代でした。
私は犬を飼えない環境であったため
子供ながらに友達同士で近所の野良犬の子犬を公園の片隅で育てたり
小さな自分の部屋で小鳥【十姉妹】を飼い孵化させたり、お祭りで買ったハツカネズミ(白ねずみ)を繁殖させたり、金魚の水槽を部屋に置いたり自分の部屋が小さな動物園のようで、今思えばオタクのようでした。金魚やねずみの飼い方の本を買い自己流で繁殖の方法や病気について興味を持っていました。
その時代都内に住んでいましたが近所にも動物病院はありましたが年配の先生が自宅の片隅で診察しており患者さんの姿はほとんど見たことがなく今のように犬を連れて動物病院に行く時代ではありませんでした。
高校時代自分の進路に迷ったとき、英語が好きだったため文科系大学を受験しようとと考えていました。

とある高校2年生の時

ふと本屋さんで大学案内の赤本「○○獣医科大学」が目に止まり、獣医専門の大学があるんだ。しかし高校の友達仲間に話してもぜんぜんマイナーな学部でした。そしてその当時は今のように入学難易度もそう高くありませんでした。「これなら行ける・・」
何か資格を取り自分しか出来ないことをやってみたいという自我が生まれてきました。
「自分にしか出来ないことで他の人を喜ばせてあげたい」そんな目立ちたい気持ちで獣医さんになって動物・飼い主さんに奉仕してみんなから感謝される人間になりたい。
当時はそんな夢を描いていました。
今まで動物を飼えず押さえ込まれていた気持ちが引き金になったのかもしれません。
そこから獣医大を目指して勉強し1年浪人はしましたが無事獣医大学、特に小動物では最先端の麻布獣医科大学に.合格しました。
神奈川県の相模原というかなり田舎にキャンパスはあり6年間犬・馬・牛・豚など動物全般について学びました。中でも私が所属した研究室は「微生物学」で細菌やウイルス(鳥インフルエンザ・狂牛病の原因ウイルス・今話題のコロナウイルスなど)病気の感染の原因の細菌・ウイルスについて詳しく学びました。
入学前は自分自身でもマイナーなイメージがあった獣医大学であったが集まった学生たちはマイナーな人間はおらず非常に個性が強い人間ばかりで6年間で全国各地から集まった仲間と交友関係が持てました。

研究室では夜中まで残って大学の先生から指導を受けたり
クラブは剣道部に在籍し道場に泊まり込みの1週間の合宿など
今でも先輩・後輩の絆は非常に強く卒業しても定期的に連絡を取り合い私の人生の礎になっています。
同期の中で同じ開業獣医師となった者や専門分野を学んでいる仲間もおり今でも大切な情報源となっています。

大学卒業時

いざ就職に向けて選択の時期になりましたが、自ら動物病院を経営していくという開業への勇気(資金面や開業の大変さ)にめげて一時は公務員(食肉の検査員)になりました。しかしどうしても自分の夢をかなえたいという自分のわがままな性格から軌道修正してかねてから希望の小動物の見習いの道に入りました。当時の見習い病院は院長先生の自宅の3階に泊まり込みで24時間ほとんど休みなく修行という感じで朝7時半からの入院犬舎の世話、診療・手術と往診、夜中の患者さんにも対応をして夜中の犬猫の交通事故・帝王切開など度々ありました。
当時非常に多かったフィラリアのつり出し手術(心臓の中のフィラリアの虫をカンシでつり出す)などたくさんの手術を経験させていただきました。寝・食を院長先生とともにして2年間お世話になりました。その貴重な経験が今の私の獣医業の礎になっています。
当時は今のように専門性(目・歯・皮膚・腫瘍・外科など)に分かれておらず困った症例も自分で勉強して対処するしかなく今のように情報も簡単に手に入らず貴重な本をあさって経験に委ねるしかないこともありました。機材も当然CT・MRIはなく血液検査も今のように院内で即座にわかるようなことはなく検査センターに出して翌日まで待たなければなりませんでした。そんな訳で五感と飼い主さんの訴えが解決の糸口で動物の少しの変化や状態を事細かく観察することが診察でした。

1980年後半

独立開業のためにあえて実家の都内を離れ縁あって自然が残る小江戸住宅地
川越市岸町2丁目に動物病院を開業しました。開業当時は外飼いと室内飼いのわんちゃん半々くらいで、今のように飼いならされた犬猫ばかりではなく、採血やレントゲン検査も言うことを聞いてくれず時には飼い主さんに抑えてもらって採血したり今でこそありませんが私自身もワンちゃん・ねこちゃんに咬まれるということも時々ありました。
徐々に動物病院にも動物看護師という時代になり当院も動物看護師さんをスタッフとして迎い入れるようになり動物の保定や動物の管理を任せるようになりました。
そして徐々に患者さんも当院を気に入ってくれるようになり開業およそ10年にして
2000年(およそ20年前)現在の病院に移転しました。
念願の自分での設計の病院で外装は積み木の建物をイメージし待合室・診察室・処置室・手術室・入院室と各部屋分割し当時の進歩する動物病院を築くことができました。
獣医療の発展とともに当院でも血液検査設備も整い病気の診断も早くなり
エコーの導入によりレントゲンではわからない内臓の状態・心臓の形や血流も院内で
わかるようになり当院の院内治療も急速に進化してきました。
またここ10年くらい人間の総合病院のような獣医2次専門病院も誕生し我々街のかかりつけ獣医師では手に負えない症例をしっかり検査・診断・治療に紹介・対応していただけるようになり飼い主様にとっても心強い時代になってきました。
当院も若い獣医師スタッフの勤務により幅広い獣医技術が提供できるようになってきました。またトリミングの充実により獣医療だけでなく日々の健康管理にも力を注ぐようになってきました。

およそ30年間

獣医医療の目覚ましい進歩の中でいろいろ経験してきましたが大切なのは今までの診療経験からの感性や五感でありその上で高度医療を生かしていくことと思っております。

「動物が喜んで病院に入ってきてくれる病院であれば」
と常に考えていますが・・
当院のトリミング室には尾を振って喜んで自ら入ってくるワンちゃんはたくさんいますが残念ながら診察室に喜んで入ってくるワンちゃんは多くはありません。
医療の技術も充実させホスピタリティの満足度を考えて街の動物病院として今後も力を注いでいきたいと思っています。


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